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コーチングを通じて、人生で初めて自分の特性について納得感のある気づきを得た話

こんにちは、KENです。

去年の12月から、月に1回程度のペースでコーチングを受け始めました。

資格を持ったコーチと、毎回約1時間かけてじっくり話をします。

大学生の頃からコーチングにはやる方も、受ける方も興味をもっていたんですが、本格的に受けるのは今回が初めて。

僕に起こった変化を語りだすと長くなるので、先に結論をお伝えしておくと、コーチングを受けて大正解でした。

というか、受けなかったら僕の人生はきっと大きく違っていたと思います。

未来の話なので正しいことは言えませんが、もしコーチングを受けていなかったら、僕は「常に何かに追われ、自分にとって重要なもの、自分本来の姿に気づかず、本来得られた幸せの10分の1、いや100分の1くらいで、人生を終えた」と思います。

やばいですね(笑)

でも、本当にインパクトが強かったんです。正確には、インパクトのある気づきを得たんです。

今回は、そんな僕の中に起こった変化、コーチングを通して見つめ、感じ、気づいたことについてお伝えします。

本来は数ヶ月から1年、場合によっては更に時間をかけてコーチングを通じた変化が現れるとも言われています。人が変わる(もちろん変わることが唯一のゴールではないですが)には、そのくらいの期間を要するのは当然だと思います。

たった1回や2回で、自分自身に変化をもたらしたり、それに気づく事は難しいです。

幸か不幸か、僕は日頃から自分自身について思い悩む、注意深く観察することも多いせいか、3回目のセッションで大きな変化を感じ取りました。

この記事では、1回目から3回目のセッションについてお伝えします。

僕が受けたコーチングの形式

コーチングは、コーチから何か答えや方法を教えてもらうのではなく、受け手が自ら「これだ!」という「思い」やその時々の「解」を見つけるものです。

「答えは既に受けての中にある」

専門家ではありませんが、コーチングがもつ本質の一つだと思っています。

今受けているコーチングも、まさにこれです。

コーチが何かを教えてくれたり、指導するというわけではなく、僕が思ったこと、感じたことを話し、それに対してコーチから質問があり、またさらに答えることの繰り返し。

1時間という中、話す割合と聞く割合は、8:2くらいで僕が喋ってます。

ちなみに、僕のコーチであるTさんは、約1年間自らもコーチングを受け、やっと自分の中の変化に気づき、そこから自身もコーチをやりたいと思い立って、資格を取られた方です。

その方に起こった変化というのが、「今まであまり人に興味がなかったけど、本当は人にすごく興味をもっていることに気づいた」というものでした。

その結果、人が対象となる「コーチング」に目覚め、現在コーチをやっています。

面白い変化ですよね。

ここからは、各回のセッションについて書いていきます。

11月:誰かを通じ、自分と向き合うこと、ありのままを伝えることの嬉しさを知る

仕事終わりにコーチであるTさんと一緒に喫茶店に入り、早速コーチングスタート。

初回は、

「どうしてコーチングを受けたいと思ったか」

「コーチングを通じてどんな自分になっていきたいか」

そんな話をしました。

で、実際にやってみた感想は、とにかく「気持ちいい」でした。いや変な意味ではなく。

何が気持ちいいかって、自分について語ることがです。

みなさん、普段生活をする中で自分が自分に対して思っていることや感じていることを話す機会って、どれくらいありますか?

家族や友人、職場の同僚とはもちろん日々言葉を交わすと思いますが、

「俺、いまこうなりたいんだよね」

「こうれがこうだから、ここに対してこう感じてる自分がいて、でも、それだとあれだから、本当は自分としてはこうで・・・」

壮大な自分による自分への自分語りができる時って、僕自身はほとんどないです。仮にあったとしても、そこにはどうしても「関係性」によるノイズが発生します。

「同僚」「上司・部下」「夫・妻」と、それぞれの役割や立場といった関係性が入ると、どうしても自分の本心と向き合いきれないんです(少なくとも僕は)

それに対し、コーチは自分語りをするためにいてくれる存在です。

「関係性」を気にせず、何を話してもいい、正解や相手のことを気遣うことなく、思うままに、感じるままに話ができる。もーこれがめちゃくちゃすっきりして、気持ちいいんです。

コーチは何でも受け止めてくれます。決して否定しません。もう、言いたい放題です。

でも、それでいいんです(とはいえ、愚痴とか悪口は、あまり生産性がないのでほとんど僕は言いません。愚痴っぽいことを言う時も、なぜそう感じるのか、客観的に見てどういう状態なのかという伝え方をします)

言葉を発することによって、自分に語りかけることによって、自分という存在がどんどん解れていきます。とにかくすっきりしていきます。

セッションも終盤に差し掛かった頃、僕はふとした思いを口にします。

「最近、論理的であろうと力が強すぎる。確かに論理は大切だけど、エモーショナルに基づく判断の方が正しいと思うシーンが増えている。」

僕の仕事では常に論理的であることを求められます。でも、なんだかそれに疲れたというか、もっと感情的な思いを優先してもいんじゃないかって感じていたんです。

Tさんは「それなら、意識的に論理的になることをやめよう」「パッションを使うことを意識しよう」と言ってくれ、初回セッションを終えてのキーワードは、

#成長の実感を得る
#ロジカルを越えてパッションを使う

の2つになりました。

「ロジカルを超えてパッションを」って、いいですよね。決してロジカルであることを捨てるわけではなく、その先にあるパッションを見出す、使う。

こんな感じで、人生初のコーチングを終えました。

12月:自分の心がガチガチに固まっていることと、一生においてとても大事な事に気づく

2回目のセッション。前回と全く同じカフェ、同じ場所、同じ時間にスタートしました。

「あれからどうですか?今、どんな状態ですか?」というTさんの投げかけに対し、僕はいつになく後ろ向きな言葉をこぼしていました。

話し始めてすぐ

Tさんは「ユトくんさ、なんだか、とても我慢をしているように見える。ぎゅーっと力が入ってる感じがするよ。」

この時、僕は仕事も忙しく、その上公私ともに色々と頼まれごとをやっているものの、あまり感謝や評価をされていない気がして、それなのに自分は受ける一方で、我慢が溜まっていました。

自分から人にお願いするより、良い意味で色々頼まれるけど、本音を言うと「言われるばかりがやだやだやだ!」ってなってたんですね。

俺は便利屋じゃない。俺にも命令やお願いさせろー!!みたいな(笑)

別に命令したいわけじゃないけど、コップにお水がどんどん注がれて、ちょっと減らしたらまた注がれて、それをなんとかこぼさないように必死。

そんな状態を我慢していたので、Tさんは僕が「とても固くなっている」と感じたのです。

「我慢をしている」という状態に対し、Tさんは「それは本当に我慢しなくちゃいけないのか?」「どうして我慢しているのか?」と問いかけます。

言われてみれば確かにそうだと思い、理由を考えてみると原因が見つかりました。

それは、僕が自然と重視している「渦中の栗を拾う」というマインド。
僕自身、尊敬する人から大事にしなさいと言われた言葉で、社会人になる時から無意識に大切にしていました。

でも、思ったんです。なんでも間でも拾えばいいってもんじゃない。拾うということは火傷を負うわけです。苦労するわけです。
何でも拾っていたら、火傷から治った皮膚はただれ、しまいには何も拾えなくなる。
全くもってそんな感じでした。

で、そもそも僕は栗を拾いたいのか?という事を考えたわけです。
そこで気づいたのが、自分が拾いたいわけではないのに、「拾わねばならぬ」という責任感から拾っているシーンが多々あると感じました。

ここから、今までになく深く自分に向き合い、自分の本質に気づき間ます。

なぜ、拾わねばならぬか、というある種の責任感は、何に由来するのか。
それは、僕の生育環境にありました。
あれこれ言うと長くなるので簡潔にまとめると、僕の家はあまり裕福ではなく、なおかつお金が原因で起こる揉め事が家庭内で日常的に起こってました。

そんな状況の中で、自分は3人兄弟の長男。なんとか自分が家族を支えないといけない。そのためにも、人生には失敗できないという思いが強くあったんです。だから、受験や就職など、常に最短で常に成果を出す。

自分が失敗したら家族はおしまいだ。強迫観念とまではいかないものの、その意識はずっと僕について回ります。

実はこの意識には一つ尾鰭がついてしまっていて、受験や就職がそれなりに上手くいった僕は、いつしか自分は出来る人間なんだ!優秀なんだ!という自意識も抱く人間になっていました。

責任感、義務感と成功への執着、そして失敗に対する過度な強迫観念。

これがいつしか僕という人間を形づくり、職場でも家庭でも表出するようになります。

 

さて、この先の話をする前に紹介したい本が2冊あります。

いずれも、人間の特性や資質を知る一種の性格診断ツールです。

エニアグラムは人間の性格を9つに分け、どのタイプの傾向が強いかを知ることができます。

ストレングスファインダーは、数十種類ある「資質」のうち、自分が秀でている資質を知ることができます。

この2つは、自己分析や自己認識をする際に、非常に役立つものであり、どんな方にもオススメできる本です。

今回はエニアグラムの方を取り上げますが、9つあるタイプのうち僕が強く現れているのは、

タイプ3:成功を求めて達成する人

タイプ9:調和と平和を願う人

※タイプ3の特性の方が強く出てる

これを最初に見た時は、まさに納得。自分は成功に向けて努力できる人間だ、そして実際に成功できる人間だとと強く思っていました。

話をセッションに戻します。

我慢ばかりでガチガチに固まった僕に対し、Tさんは一つの質問をします。

「ユトくんは、どんな状態だとリラックスしていて、気分がいい?どんな時に感じる?」

「パッと僕の心に浮かんだのは「休みの日の朝」でした。いつも平日は起きた瞬間からその日の仕事のことで頭がいっぱい。体を起こすのもつらい。でも、休日は仕事の事も忘れて、気分よく起きることができるんです。」

「その状態を表現するなら、どんなかな?「

「ん~、赤ちゃんですね。こう、無邪気な感じで、ワクワクしてる感じです(笑)」

と、自分でそれを話した時、気づいたのです。

エニアグラムのもう一つの特性は「調和と平和を求める人」

僕は争いや喧嘩がとても嫌いです。怒る事も同じくらい。普段怒りたくなることはほとんどないですが、怒ってる人間を見ると猛烈に怒りたくなります。

で、この特性を繋がるのが、僕の中の無邪気な赤ちゃん的な要素だと思ったんです。昔の僕はとても無邪気で、人を笑わせ、和の中心にいる人間でした。

今でも僕の中に、そんな無邪気さは間違いなく残っています。でも、大きくなるに連れ成功を求めようとする気持ちが強くなり、無邪気な自分がいつしか身を潜め、押し殺すようになっていったんです。

「成功したい」「成功した自分でいたい」という気持ちは確かにあったものの、それを目指すことは僕の本心ではなく、居心地のいい状況でもない。単に必要に迫られ、そうならねばならぬ、という強迫観念から生み出されたものだと悟ったのです。

性格診断で出てきたタイプ9という特徴は、あくまで僕が「ありたい」「あるべき」と作り上げただけであり、本当に大切な資質は、タイプ9の中に隠れていた。僕はそう感じました。

ただ、タイプ3の特性は、僕が生きていく上で身を助けてくれた事も事実です。現実には、実際に生きてい上では、「無邪気さ」では到底太刀打ちできない出来事が起こります。

そんな時は、成功を求める強い自分が自らを助けてくれます。辛い感情や現実を乗り越えるため、その鋭い刃で目の前の壁を切り裂いてくれます。

大事なことは、この2つの特性がどちらも重要であるものの、自分の中でどう位置づけ、どう活かしていくかを知れたことです。

タイプ3の特性は、ある種僕の中の理想像、あらねばならぬ、ありたいという意識によって後天的に生み出されたものであり、前に進む強さを持っている。ただし、決して自分にとって第一の本質ではなく、成功に向かって突き進むことを望んでいるわけではない。

タイプ9の特性は、僕の中で生まれつきといって良いほど最初から芽吹き、自分自身も自然体でいられる最も重要な特徴。それは、タイプ3にはない柔軟な心を持ち、場合によってはタイプ3以上に自分を守り、より良い状態へ導いてくれる資質、自分がもっとも大切にし、意識すべき資質である。

この気づきは本当に強いインパクトがありました。天動説か地動説かレベルです。

まさか、自分は成功を求め走り続ける人間だと思ったのに、全くもって、それは僕のありのままの姿でもなく、なおかつ心からそうなりたいと願う姿でもなかったわけです。

自分の核心に触れた2回目のセッションを終え、Tさんと決めたことは一つ。

無邪気さ、赤ちゃんのような状態とはどんなことか、それを少しでも日常の中で取り入れて過ごすことでした。

3回目:自分の核心を知った上で、今向き合うべき、なりたい自分へのテーマが決まる

2回目のセッションを終えた僕は、日常の中での「無邪気さ」を意識するようにしました。
結果、様々なことに対し、あれこれと細かく悩んだり気にする事が減り、心と行動が軽くなるのを少しずつ感じます。

何かをする時に、あれこれ逡巡しない。深く悩まずありのままで当たる。自然体でいられる場面が増えました。

そしてまた、この時期僕はとある書籍に出会います。

なぜエッセンシャル思考を読んだのか、オススメなのかは別の機会に書くとして、この本が伝えたいメインテーマは「重要なことだけに集中しなさい」です。

前回のセッションで、僕はあれこれ引き受けすぎ、結局自分の首がまわらずどれも中途半端な結果しか得られない状況に陥っていました。

あれこれ手を出しても、結局は全て中途半端になる。振り返ると、コーチングを受け始めた時だけでなく、ここ数年の僕を振り返ると、実はこのような状態にかなりの頻度で陥っていました。

特に酷かったのは副業です。ブログやTwitterを見ては、やっては続かずの繰り返す。「これからは○○だ!」という話があればすぐに飛びつき、本気にもならず、成果でもでずに終了。

どれもこれも、半端な気持ちでとりくまず、一つ重要なことを決めてそこに集中していれば、今頃結果は変わっていた。そんな事ばかりだったのです。

きっと副業でも「成功したい」という思いが強すぎるが故に、本質的なことを見失っていたんだと思います。

3回目のセッションは、これまでで気づいた無邪気さとロジカル、成功への向き合い方ベースに、「これからどうなっていきたいか?」という未来について話をしました。

僕はエッセンシャル思考の事を踏まえ、「より少なく、より良く」「重要なことに集中する」という状態を目指したいとTさんに伝えました。

するとTさんは、「なぜそうしたいのか?」と尋ねます。

「スコープを覗くようにして物事に焦点を当てるものの、すぐに覗き込むことをやめてしまう。結果、視界が開け、いろいろな物が目に入る。そうすると、視界に入ってきて、美味しそうなものがあるとすぐに飛びつく。(副業で言えば、稼ぐなら〇〇しろ、みたいな)でも、それってまやかしというか、麻薬みたいなもの。見て飛びついいた瞬間は美味しいような、満腹になったような気がするけれど、結局は何も得られていない。感情的にその場を凌いでいるだけ。僕に必要なことは、自分が重要だと思う事に集中し、集中し続けること。安易に人の言動や情報ののらず、結果が出るまで焦点を絞り続けることだと思う。それができないから、今まで何度も失敗してきた。」と答えます。

一通り喋ったところで、Tさんは僕に「つまり、フォーカスすること、フォーカスし続けられている状態だね」と言ったのです。

まさにその通り。僕にとってのキーワードは「フォーカス」です。

考えてみると、世の中本当に様々な情報が飛び交っています。嫌でも色々なことが目に入ってきます。知らないうちに、気づかぬうちに、大事ではないものに時間と体力を奪われていることも少なくありません。

一度きりの自分の人生、自分が重要だと思ったことにこそ、フォーカスし、フォーカスし続けるべきです。まさにエッセンシャル思考そのものでもあります。

3回目のセッションを終え、自分のマインドがこの3ヶ月間で大きくアップデートされている実感を得ています。

次は2月下旬に実施する予定なので、それまで「フォーカス」というテーマに向き合っていきます。

まとめ

予想以上に長い文章になりました。

月並みですが、コーチングはオススメです。

ペースは人によりますが、定期的に自分自身のあり方、存在、考え、感情に向き合う時間は本当に貴重で、有意義なものです。

本来、全ての人にそういった機会があってしかるべきなのかもしれません。

仕事や趣味、とかく人は自分の外に向き合い、真剣に思考する機会は沢山あります。

しかし、全ての土台には自分という存在がいます。それに向き合うことが、何よりも優先されるべきであり、欠かせない行いではないでしょうか。

きっと分かっていても出来ない理由は、受け止めるべき、問答に対する相手がいないからなのだと思います。自分を客観視するために、自分と対話するためには、実は相手が必要であり、それこそがコーチなのだと思います。

コーチは自分をよく見るための鏡です。答えを見つけるヒントをくれる、手助けをしてくれる鏡です。

 

最近はコーチングサービスも少しずつ普及してきているので、興味のある方は是非一度、トライしてみてください。

僕は今年中にコーチング講座に申し込む予定なので、その辺りも学びがあれば、またブログに書いてみたいと思います。

ユトル: